matsuzakiのブログ

語源から考えるホントの語源

饅頭のはなし

  饅頭(まんじゅう)の語源は知っている方が多いと思います。三国志に出てくる諸葛亮(孔明)が南方(南蛮王:孟獲(もうかく))を平定した時の話です。
孟獲を降伏させ、蜀(成都)に戻る時、濾水と言う河を上って帰ろうとしていた時、濾水はしばしば荒れて害をなすので、祈祷を勧められました。古来からその河を鎮めるには、生贄(いけにえ)として三人の頭を河に沈め祈祷すると聞きました。 孔明は思案し、馬を屠ってその肉をきざみ、麺粉をこね、肉と混ぜて頭の形にし、これを河に鎮め祈祷したのです。
  孔明はこれを「饅頭」と呼んだというのが由来と言われています。1370年頃の中国「三国志演義」に書いてあります。
  しかし孔明の、この時は225年頃であり、その当時は麺をこねて作るたべものは皆、「餅」と言ったはずなのです。540年の「斉民要術」書には餅法という項目で、いろいろな麺類の加工品の作り方が書かれていますが、”饅頭”は出ていないのです。
  中国の「三国志演義」よりもっと古い資料を調べて見てみると、孔明は「瞞頭」、欺瞞(ぎまん)の”まん”、と言ったとあります。--なるほど、それなら分かります。
  孔明が人の頭にみせかけたにせもの頭なので「瞞頭」といったといい、後に食べ物にした時に、食偏に曼の「饅頭」にしたものと思います。
   次に「饅頭」をまんじゅうという疑問です。 近代・現代中国のではマントウかマンドウ)と読みます。
頭という文字を漢和辞典でみると、唐音(鎌倉時代以降に中国から 入ってきた字音。宋代以降の字音)では、「チュウ」発音するというのです。
  ですから饅頭はマンチュウとなるのです。「饅頭・マンチュウ」は日宋貿易(平安~鎌倉時代)で中国から入ってきたのでしょう。室町時代の歌に「まんぢう」が出てきます。 明治中ごろまでの著書では「マンヂウ」「まんぢう」で見られます。
 現代は”まんじゅう”  ということと考えます。

×

非ログインユーザーとして返信する